土方さんから回ってきた。
この書状を認めた方の依頼だそうだ。
全文をここに掲示する。
原田だけでなく、高地や他の司祭たちも同罪だろう。
潔く腹を切れ。
梟首になる前にな。
* * * * * * * * * * * *
全国の聖公会聖職者関係者の皆さん!
全国の教会の信徒の皆さん!
聖公会の幼稚園関係者の皆さん!
聖公会学校関係者の皆さん!
聖公会福祉施設・病院関係者の皆さん!
全国の教区の執行部(常置委員)の皆さん!
私は京都教区奈良県大和伝道区の高田基督教会の現役の72歳(ネズミ年、昭和11年生まれ)の一信徒です。長らく教会委員としてご奉仕させていただきました。
この教会で発生いたしました牧師による複数少女に対する前代未聞の強制超猥褻事件に関しまして、全国の皆さんからご心配頂き、また被害者や当教会信徒関係者に強い祈りをささげていただいていますことに対して心から感謝申し上げます。
祖父の代でこの教会の創立に関わった関係で親族一同多くの者がキリストのぶどうの枝に連なり、信仰生活を送っていることは誠に神の思し召しと感謝の毎日でございます。
さて、ここに一人の人が深い傷を負い、路傍の石に横たわり、苦しみながら、助けを呼んでいるときに、関わったら面倒だ!時間がとられる!といって救急車も呼ばず、そのまま通りすぎて行ってしまいますか?京都教区の聖職者は事件の内容を詳しく知りながら主教や常置委員の間違った対応に対して沈黙すると言うことはまさに路傍の重傷者を見殺しにするということと思われませんか?聖書や教会の教えとは全く逆ですね!
私は教会委員としてこの事件の解決のために祈り、祈り、委員会で発言したり、管理司祭の石塚司祭や主教にいろいろと提言してまいりました。残念ながらそのため、教会の中で人間関係が壊れ、この事件を口にすら出来ぬ状態で、 誰も私に話しかけようとすらしなくなりました。石塚司祭の霊的指導がこれで正しいのでしょうか?
「不道徳なことを実行された聖堂を再聖別して下さい!
「機関誌のつのぶえに事件の総括を掲載して、謝罪されたい」
という要望を主教に送りました。
なしのつぶてです。
教会委員会でも教区から送付される事件の文書すら石塚司祭の采配で委員どまりにし、 信徒は未だにその真相を知りえていません。私の弟の活動を激励してきましたが、昨年2月突然高地主教がなんの連絡もなく突然玄関の扉を開け、強圧な態度で「糾す会の教会訪問活動をやめさせなければ弁護士をつける。弟さんを威力業務妨害で立件することもありえる」と言う様な暴言を吐いて帰っていかれました。その数日後なんと弟のところに弁護士から内容証明の封書が届けられたじゃありませんか!
その反面、高地主教は被害者父親が承諾した文面を送付前に自分達に都合のよいように 書き換え、加筆して全国の教会に送ったと聞いています。なんという反社会的なことをされるのでしょうか!信義も正義も大義もあったものではありませんね。現執行部の主教、常置委員を総入れ替えしなければ解決しないのではとさへ思います。聖公会新生のために、今後は聖光教会の信徒と共に声を大にしていきたいと思っています。
現場の教会としては、一日でも早くこの事件を収拾していただき、平和が戻り、信徒兄弟姉妹が真に平和の挨拶が交わせるようにまた日本聖公会がこの事件を教訓にし、一層倫理規範を固め、宣教150年にむかって更なる前進がありますように願っています。そのためには全て真実を公開し、加害牧師を規則通りに処罰し、教区は被害者家族が心から癒される謝罪をし、収拾を図られるようにと思っています。
そのために働いてもらっている被害者代理人および糾す会のメンバー、支援者一同に神のお力を祈ってやみません。
奈良県大和高田市本郷町 9-27(高田基督教会住所)
日本聖公会 高田基督教会 信徒(現在受聖餐者)
堀 江 育 夫 (72歳)
私学助成金から、性犯罪者の原田に私学助成金から退職金が
支払われているのは間違いないようだな。高地主教、何故その
ようなことを許したのか。お主は京都教区の主教だろ。主教な
らば関係幼稚園の理事会に対して勧告が出来ただろ。
それだけではない。原田の居所をお主は知ってるが、何故、
公表せんのだ。児童に対する性的虐待行為をする者のことを
知らんのか。アメリカでは、この問題をどのように考えてい
るか、少しは勉強せぇ。
そしてお主には、被害者の女性に心から謝罪するつもりが
あるのか。あれば、昨年1月29日付けの書簡に書かれてい
ることを書くわけがない。何故、虚言を吐くのだ。法規にはっ
きりと書かれていることを、何故隠したのだ。被害者の父親
が見てもいない文書に、「この文書は被害者の関係者の方の
了解のもとに出しておりますことを申し添えます」などと書
いたのだ。
新撰組の中には、「高地を御白砂に引き出せ」と叫んでい
る者たちが大勢いるぞ。当然だろう。自分の教区の信徒であ
る被害者とその家族に虚言を吐いているのだからな。もはや
問答無用だ。お主は誰が考えても梟首だ。世界中の聖公会に
報告文書が流れる。
高地主教よ、職を辞せ。
最高裁の上告棄却を言い渡し、高裁の判決が確定した時、お主は
他の司祭達と一緒に「冤罪」を叫んだよな。あれがどういう意味を
持っているか判っているのか。「冤罪」ということは、被害者が提
訴した内容は「事実無根」だということだ。言い換えれば、訴状に
書かれたことは、まったくの捏造だということになる。高地主教よ、
拙者の言っていることが判るか?お主がしたことは、PTSDに苦
しんでいる女性を辱めたことなのだぞ。司牧者としてあるまじきこ
とだ。しかもお主は、他に被害者が申し出たことによって初めて、
提訴した女性に対する原田文雄司祭の性的虐待行為を認めたのだ。
何故、高裁の判決が確定した時に原田文雄司祭をすぐに処分しなかっ
たのだ。性的虐待の被害者の間に、明らかに差を付けているだろう。
理由がなかったり、理由が極めて恣意的なものであったりする区別
を差別と言うのではないのか。
その後、お主は何回嘘をついたか。平成19年1月29日付けの
主教文書を、日本全国にある日本聖公会の教会や関連団体に送付し
ただろう。あの文書を、被害者の父親は前もって読んでいないそう
だな。にもかかわらず、「なお、この文書は被害者の関係者の方の
了解のもとに出しておりますことを申し添えます。」とお主は書い
ているだろう。そして、2007年11月23日に教区会で配布し
た「常置委員会特別報告を受けて」という文書には次のように書い
ている。「なお、原田文雄元牧師については、2年前に一身上の都
合を理由とする退職願を受理し、退職が決定しました。このような
場合、『終身停職』の懲戒(法規第201条第4項)が相当と一般
的には考えられると思いますが、『終身停職』でも5年後には復職
願いを提出することが可能とされており(第217条)、一方、
『一身上』という事由は止むことがありませんので、実質的な終身
停職を貫くためにはこの選択の方が適当と当時判断しました。また、
懲戒を行うには審判廷の審判によらなければなりません(第197
条)が、日本聖公会の審判廷への懲戒申立には『3年の時効』(第
210条)があって、現行法規では審判廷によって懲戒することは
非常に困難であると思われます。」
お主、気は確かか。復職願いを原田文雄司祭が提出したら、無条
件で復職できるのか。そうではないだろう。主教が判断するのだろ
う。これには常置委員会の同意が必要だが。お主、いま幾つだ。何
もなければ、5年後にもお主が京都教区主教だろう。原田文雄司祭
が復職を申し立てても、お主が拒否すればそれで済むことだろう。
しかも、原田文雄司祭よりもお主は年が下だ。70歳が日本聖公会
の定年だから、原田文雄司祭が復職を申し立てる時には、必ず、お
主が教区主教だ。そして、「『一身上』という事由は止むことがあ
りませんので」とお主は書いているが、「一身上」ということは、
その内容によっていくらでもその事由は止むことがあり得る。
こんな屁理屈にもならない理由を理由として、原田文雄司祭を依
願退職ということにしたのは何故なのか。最早、誰にも明らかなこ
とだ。風の噂では、原田文雄司祭にかなりの額の退職金が京都教区
から支払われているそうだな。おまけに、学校法人である幼稚園か
らもだ。そして、原田文雄司祭は2005年11月25日に、被害
者とその家族に宛てて手紙を書いているが、その中には次のような
一節があるのを知っているか。「和解したからとて私が現職牧師に
復帰する可能性は皆無であろうことを付記いたします。たとえ望ん
でも教区主教の許可と教区常置委員会の同意がなければ復職は叶え
られません。」原田文雄司祭はこれをどのような気持ちで書いたの
か、お主は想像できるだろう。もしかすると、この内容に関しては、
これが投函される前にお主は知っていなかったか。お主と常置委員
会の間で、どのような謀議が行われていたか想像がつく人はかなり
いるだろう。高地主教よ、潔く職を辞せ。
日本聖公会はマリア信仰に関して、ローマ・カトリック教会と
接近したようだが、何故だ?実際にロザリオを持っている司祭が
何人いるか。主教でも持っていないのがいるんじゃないのか?
おまけに、2ちゃんねるというところには、日本聖公会の信徒も
しくは司祭と思しき者が、マリア信仰は「偶像礼拝だ」と書き込
んでいるぞ。それだけじゃない。京都教区の悲惨な事件とそれに
対する京都教区や管区の対応がきわめておかしいこも、ローマ・
カトリック教会には既に伝わっている。
まぁ、日本聖公会の信徒にとっては悪いことじゃないかもしれ
んな。脱藩して、ローマ・カトリック教会に行けばいい。女児に
対して性犯罪を犯した司祭を、京都教区がきちんと処分していな
いことを知りながら、管区は何も言っていないようだからな。意
外と主教達はそれを狙っているのかもしれないぞ。信徒がいなく
なったら日本聖公会を解体して、今ある財産をすべて山分けしよ
うと思ってるんじゃないのか?
ローマ・カトリック教会にも質問したいことがある。日本聖公
会の中には女性司祭がいるが、ローマ・カトリック教会は彼女た
ちが捧げたミサをミサとして受けることが出来るかどうか。性同
一性傷害と自称している司祭が捧げたミサをミサとして受けるこ
とが出来るかどうか。女児に性的虐待行為を長年にわたって行っ
ていた司祭が復職した場合(法的にはあり得る)、その司祭が捧
げるミサをミサとして受けられるかどうか。この司祭は、6人の
被害者のうち4人には謝罪文を書いたが、残りの2人には「事実
無根」を未だに貫いている。しかし、そのうちの1人に対する加
害行為は事実であるとした高裁判決に従って(最高裁は加害者の
上告を棄却した)、請求額の全額と裁判費用の全額を支払ってい
る。こうした事実に対して日本聖公会の管区は正式な発言は一切
していない。
日本聖公会はそして、女性の人権という視点から、あるいはフェ
ミニズムの立場から、女性司祭按手を行っているのをローマ・カ
トリック教会はどう考えているのか。これに対しておかしいと批
判すると、きわめて陰惨なイジメに遭う。あの風来坊氏の友人を
イジメたのは、あのあと按手を受けた女性司祭の一人の父親だ。
TERAさんからそれを聞いたし、日本聖公会の中では周知のことだ。
日本聖公会の聖職達は、他者に危害を加えることに対して何とも
思っていない。だから、あの原田に対して正式な懲戒処分をして
いないのだろう。原田が犯した過ちは、きわめて重大な性犯罪で
あることは裁判記録を見ればすぐに判る。
沖田の書状、確かに受け取った。あの五人の司祭のうち四人に関して、
誰が何をしたかを明確にする必要がある。基本的には、小学校の女子児
童に対する性的虐待を行っていた原田を庇護したことなのだが、それで
は罪状にならない。具体的な悪事をさらけ出せ。また、いつの時点で、
常置委員であったかもだ。2001年4月17日だったかに行われた常
置委員会で原田の退職撤回を認めているのは誰と誰か。あれがこの問題
の隘路だ。
常置委員会の決議を主教が独断で蹴ったというのであれば、ある意味
では責任はないかもしれない。しかし、退職決定を常置委員会が認めて
いることは紛れもない事実だ。それだけはあるまい。退職勧告をした武
藤主教に対して、誰がどのような発言をしたのか。そして、それに対し
て武藤主教はどう答えたのか。それがまったくはっきりしていない。確
かに調べようがないかもしれないが、京都教区には常置委員会の議事録
が残っているはずだ。被害者の父上が求めていることの一つは、これを
提示しろということではないのか。
これを京都教区が公開しないということは、そこの記されている発言
内容に、明らかに大きな問題があるからだろう。それ以外に、議事録を
公開しない理由は考えられな。狭山裁判と同じだ。証拠を開示すること
なく一方的に有罪にしたのとまったく同じだ。権力者が用いる破廉恥極
まりない悪事だ。日本聖公会は、2006年5月25日の管区総会決議
第18号で「狭山事件に関して要請文を東京高等裁判所と東京高等検察
庁に送付する件」というのを決議しているが、あれは何なんだ。「東京
高検が弁護側の証拠開示請求に応えようともしないことに強い不信と不
正義を感じています。新証拠を必要とする再審請求において、検察官の
手持ち証拠を開示しないことは正義に反します。特に、検察官手持ち証
拠のリスト、ほか弁護側の要求する全証拠の提示を求めるのは当然です。
少なくとも証拠リストを直ちに弁護側へ開示するよう東京高検に勧告、
命令をおこなうよう求めます。」と東京高等裁判所宛の文書に記されて
いるが、管区は何故、京都教区に対して同じことを言わないのか。被害
者とそのご家族は今も苦しんでいる。これは紛れもない事実だ。あの常
置委員会にはなんと、問題の当事者である原田が出席して発言までして
いたようだな。狭山裁判に勝るとも劣らないような、前近代的いや中世
封建的な常置委員会が行われていたことは間違いない。管区はこれを知っ
ていながら何故沈黙するのか。
そして、沖田君は、原田を「陪餐停止処分」にした正確な日付と、
「謝罪の記者会見」を開くために謀議した常置委員会の正確な日程を明
らかにして欲しい。また、原田に対する「晩餐停止処分」にかんして、
教区内の各教会が主教文書を公示したかどうか。一人で難しければ土方
さんに同道を願い出てみてもいい。近藤は行かない。近藤が行く時は、
高地主教を斬る時だ。